CROWNⅡ全文 和訳 LESSON 3
By admin | 7 月 11, 2008
Crossing the Border — Medecins sans Frontieres —
国境を越えて - 国境なき医師団
私たちの本当の国籍は、人類だ。
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貫戸トモコ医師は、1994年にMSFに入団した。
彼女は、この国際的なボランティア団体で、戦場で働いた最初の日本人だった。
彼女は、高校生に対して、自分の経験について話をしている。
日本で8年間ほど医者として働いた後、私はジュネーブ大学へ更なる研究をしに行きました。
わが英語で「国境なき医師団」としてしたれているMSFに入ったのは、そこでのことです。
MSFは、戦争や災害によって病気や怪我をした世界中の人々を助けている、医師と看護師のボランティア団体です。
それは、主に一般の人々によってサポートされている非政府組織(NGO)です。
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MSHは、1971年にフランスで設立され、それから人種、宗教、または政治に関わらず、そのような人々に対して医療的援助を提供しています。
MSFに入る前、私は医者として人々に対してどのような助けになることが出来るだろうか、と長い間考えていました。
私は、日本では決して出会うことが出来なかったような異なる文化や物を見たかったのです。
私は、新聞でMSFのことを読んだことがあり、またMSFにお金を寄付した友人もいました。
そこで、私は組織に入りたいと書いた手紙を、パリのMSFの事務所へ送ったのです。
彼らは許可してくれて、私はスリランカのマドゥー難民キャンプへと送られました。
そこでは戦いが続いていました。
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マドゥーには、28,000人の難民がいましたが、そこには1つの小さな病院しかなく、2人の看護師、2人のタミル人の医師、通訳者、そして保健指導員がいました。
私たちには、仕事をするための最も単純な医療器具しかありませんでした。
非常に多くの人々を、古い器具で治療しなくてはならなかった為、私たちは悲しい気分になったときもありました。
私たちは、午前9時から仕事をはじめ、毎日およそ150人を治療しました。
彼らはタミル語を話しました。
私たちは、彼らに簡単な質問をして、何をするかを決めました。
午後には、私たちは8つのベッドにいる人々を治療し、それは大体妊婦と赤ちゃんでした。
時々、私たちはマドゥーから8キロ離れた小さなキャンプへ行きました。
私たちは、朝から晩まで働きました。
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マラリア、喘息、肺炎。これらの病気が最も一般的なものでした。
病気の主な原因のひとつは、不健康な食料と水でした。
10月に雨季がやってくると、下痢が増加し、私たちは子供たちを失いました。
私たちは、私たちのもとへやってくる人々を全員治療しました。武器を追った兵士たちさえも。
しかし、彼らが武器を下ろした後だけですが。
私たちは安全であるといわれました。
しかしながら、夜外出しないように命令された時がありました。
私たちは、外出しても安全か否かを知るために、ラジオを聞きました。
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マドゥーでの私たちの仕事で最も難しかったことは、決断を下すことでした。
私たちは、地元の状況について考えなくてはなりませんでした。
なぜなら、西洋人、または日本人の目で状況を見ることは、私たちを間違った決断を下すことへと導いてしまうことがあるからです。
私たちの薬も医療器具も非常に限られていたため、私たちはそれぞれの状況を、それらが生じるごとに見て、一案するべき事を選択しなくてはなりませんでした。
私は、ある女性が5歳の息子を私たちの病院へ連れてきた日をはっきりと覚えています。
私には、すぐに彼がもう助からないということが分かりました。
私たちは、彼に酸素を与えましたが、彼は青白く、呼吸は困難で、酸素マスクは彼を心地悪くしていました。
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彼は、よくなっていませんでした。
私たちは、最後の酸素タンクを使用していました。
もし、酸素を必要そしている別の人がやってきたら、もしかしたらこのタンクがその人の命を救うことができるかもしれなかったんです。
私は決断をし、一緒に働いていた看護師に酸素を停止させるように合図をしました。
その看護師はとてもそうすることが出来ませんでした。
私は、5秒待って、自分で停止させました。
その子供を神の手に委ねることが一番よいと考えたため、私はそうしました。
それは正しい決断だったのでしょうか?
私には、まだ分かりません。
マドゥーでの6ヶ月間はすぐに過ぎましたが、それは私の人生と仕事に対して本当の意味を与えてくれた為、私にとってとても重要でした。
MSFのようなNGOの仕事は、世界の多くの問題を解決することを助けていますが、やることはもっとたくさんあります。
より多くの日本人が、そのような仕事にボランティアとして、本当の世界を見に行き、助けを必要とする人々に対して共感を抱くようになるということが私の希望です。
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そのようなボランティアの人々は、与えるのと同じだけ得るのです。
私自身の場合は、その経験は私の人生を方向付けてくれただけでなく、人間として生きるということはどういうことなのかということを考える機会を私に与えてくれました。
私は、またMDFに参加し、MSFがこれ以上必要でなくなるまで、MSFと働き続けるともりです。
世界中には、まだ数え切れないほどの病人や怪我人がいます。
国境を越えることは、多くの勇気を必要としますが、私は皆さんに何が正しいのかと言う自分の考えに従ってもらいたいのです。
少数派になるかもしれませんが、自分自身に自信を持ち、自分の信念を行動に移す勇気を持ってください。
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