CROWNⅠ全文 和訳 LESSON 2
By admin | 7 月 11, 2008
When I Was Sixteen
私が16歳だったころ
P.23
星野道夫は有名な写真家だった。
彼は、何年もアラスカで過ごした。
ここでは、彼は北アメリカへの初めてのたびを振り返っている。
私は、16歳の時に初めてアメリカへ行った。
今日では、多くの若者が海外へ行く。
私は少年だった頃から変わったのである。
私にとっては、アメリカは未知の遠い土地だった。
しかしながら、私には船で海を渡り、ヒッチハイクをしてアメリカを横断すると言う夢があった。
高校で、私はお金を貯める為にアルバイトをした。
私の父が、私の計画に興味を抱き、その旅行の為のお金をくれた。
それは、父にとっては難しい決断だった。
一つには、彼は事務員であり、それは彼にとっては多額のお金だったのである。
また一つには、人々が息子にそのような冒険へ行かせるな、と彼に言ったのである。
P.24
その当時、外国は私たちにとってとても遠いものだった。
一人の少年がどうやって無事に帰れることを望むことなどできただろうか。
私は、1968年の夏に横浜を出港した。
海はとても青く、とても大きかった。
夜には、星がとても近くに見えた。
私は、人間の命の短さと、人間の想像力の広大さの両方を感じた。
2週間後、私は水平線にロサンゼルスの都市を見た。
私は、バックパック以外には、何も持たずにアメリカに到着した。
それは、いくつかの物で一杯だった。
てんと、寝袋、小さな料理用コンロ、そして地図。
P.25
その港は、都市から遠く離れていた。
暗く、私には、その夜泊まる場所はなかった。
私には似ないも計画がなかった。
どちらへ進むかを決めるということは、まるでサイコロを投げるかのようだった。
私には、ロサンゼルスに知り合いは誰もいなかった。
世界中の誰も、私の居場所を知らなかったが、私は全く恐怖を感じなかった。
私は、ただ新しい自由の喜びを叫びたかった。
数日後、私はグランド・キャニオンに到着した。
私は自然の広大さに驚いた。
私は初めて荒野で、小さなテントの中で眠った。
その経験は私にあるアイディアを与え、数年後、それは私をアラスカへと導いた。
P.26
私は、南部へグレーハウンドバス(アメリカの長距離バス)で移動した。
アトランタ、ナッシュビル、そしてニュー・オリンズは私に深い感銘を与えた。
全てのバス停留所には、トイレ、靴磨き、ホットドッグ、そしてハンバーガーの特有の匂いがした。
あの匂いを思い出すたび、私は常にアメリカへの郷愁でいっぱいになる。
カナダでヒッチハイクをしているとき、私はある家族に拾われ、10日間という長い時間を、彼らと共に過ごした。
私は、自分があの家族の一員であるような気がした。
数年後に、その母親が私に言った。
「道で最初にあなたを見かけた時、私たちはすぐ横を通り過ぎたのです。
でも、子供たちが戻ってあなたを拾うようにと私たちに言ったのです。」
多くの人々の助けを借りて、私は2ヵ月後にサンフランシスコに到着した時、安全に旅を終えた。
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私は、自分にコーラととても大きなハンバーガーを買い与えた。
私は、かつてないほど自分自身に自身を持った。
1人で旅をしていると、あらゆる種類の人々に出会うというスリリングな経験と機会を得る。
毎日の計画を、まさにその日に決めると言うことは、脚本のない物語を生きているようなものである。
バスに乗り遅れ、別のバスに乗れば、人生は全く違うものとなるのである。
人々との偶然の出会いは、人生の重要な一部であるということを私は学んだ。
家に帰ると、私は日本の高校生という、以前と同じ生活に戻った。
P.28
しかしながら、海外を旅したという経験は、私に自由の感覚を与えた。
日本における、私の毎日の日常生活の先には、世界が存在するということを私は知ったのだ。
それらの遠い土地には本物の人々がいて、彼らは私と同じような平凡な生活を送っていたのだ。
私は、母国を新しい視点から見るということを学んだ。
今日、アラスカの荒野を1人で歩きながら、私はしばしば海外の土地への最初の旅行を思い出す。
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